ここがヘンだよ!公選法:

写真・図版(ここがヘンだよ!公選法:1)選挙カー「連呼は特例」 2015年4月21日05時00分朝日新聞
選挙カーから候補者名やキャッチフレーズを連呼。「陣営の士気高揚につながれば」と安東さん

 統一地方選は後半戦に入った。19日告示の市区長選などに続き、21日には町村長選や町村議選もスタート。選挙カーが駆け抜け、街中にポスターが登場する。大正時代に選挙運動の決まりができてから90年。昔ながらのルールのもとで、今も選挙戦が繰り広げられている。

 「サトウ、サトウ、サ・ト・ウをお願いします」

 選挙期間に突入すると、どこからともなく聞こえてくる候補者名の連呼。選挙カー乗車歴24年の安東美智子さん(46)は、約250の選挙でマイクを握った。「指の間から票が逃げないように」と、手を振る時は必ず指を閉じて。いつもの験担ぎだ。

 でも、そんなに名前ばかり繰り返さなくてもいいのに――。いや、繰り返すしかないのだ。

 理由は公職選挙法にある。走行中の選挙カーで演説などの選挙運動をすることは原則禁止されているが、例外として連呼は認められている。1964年、ポスター掲示などをめぐる規制が強化されたのと同時に決まった。「規制と緩和。バランスをとろうとしたのでは」と総務省

 1軒ごとに票をお願いする戸別訪問が禁止されている日本では「連呼は貴重な選挙運動の一つ」と当選2回の神奈川県議は言う。

 選挙カーの声が届かないと「うちらを忘れたのか」と怒る支持者もいるとか。「ちゃんと見てますというPRなんだ」。相模原市議選の現職陣営がそう話していた。ただ、山形県選管が2013年に公表した調査では、連呼を参考に投票先を決めた人は0・4%。選挙運動に「正解」はない。

 ■期間・場所・道具…細かく規制

 《選挙用ポスターは42センチ×30センチを超えたらダメ》《アドバルーンを使ったらダメ》。そんな風に、選挙運動のルールを細かく決めているのが公職選挙法だ。期間や場所、やり方、使える道具の大きさなど、70余りの条文で定める。欧米に比べて厳しく、「べからず法」と揶揄(やゆ)されることもある。

 じつは、かつて自由に選挙運動を展開できた時代があった。明治憲法下で、一定額以上を納税した男子のみに選挙権が与えられ、衆院選が行われていた頃だ。国会図書館によると、当時の候補者たちは資産家宅を狙って、戸別訪問をしていた。

 本格的な規制が始まったのは、1925(大正14)年。25歳以上の男子による普通選挙制度がスタートした年だ。旧自治省で選挙部長も務めた片木淳・早稲田大教授によると、納税条件の撤廃で有権者は4倍増の1241万人に。多くの参加で買収などの不正や混乱が生じることを警戒し、行為や使える物を法律で制限することになったという。

 まずは戸別訪問などが禁じられた。翌26年には、《立て札や看板は白に黒のみ》と色を限定。《航空機での文書図画の頒布は禁止》も加わった。その後も法改正で細かい規制が登場したり、消えたりした。

 普通選挙開始の数年後からは、掲示物や配布文書などを原則禁止し例外を認める規制に変わっていった。

 さらに多くのルールが加わったのは、いまの公選法ができた50年ごろ。《一定枚数のはがき以外は配れない》《自動車や船舶は一つに限定》《ちょうちんは選挙事務所や演説会場に掲示できる》などだ。戦後まもない頃の決まりのほとんどが、今も受け継がれている。(佐藤恵子)

 ■選挙運動、原則自由にするべき

早稲田大学の坪郷実教授(比較政治)の話 日本ほど選挙運動を厳しく規制する国はない。米国や英国、ドイツなどでは戸別訪問が認められ、選挙運動期間は定められていない。有権者が自由に選挙に関わって判断材料を得られるように、選挙運動は原則自由とした上で、必要があれば規制する形にすべきだ。

 今の規制だらけの選挙運動は新人候補に不利だ。告示前の運動が禁止され、選挙期間も短い。でも、現職議員は告示前も日常的な政治活動として、有権者との接点を持ちやすい。その結果、法律を変えようという流れにはなりにくい。新人候補は複雑な規定が多い公選法に違反しないようにするだけで相当な労力を使う。何が出来るのかわかりにくいという課題はあるがネットを使った選挙運動が2013年の参院選から解禁されたのは良い方向だ。

 ◇各地の選挙の風景を通じて、5回にわたって公選法の不思議に迫ります。


こんなデータもある


こんなデータもある。

「選挙カーで名前を連呼」得票に効果、好感度は変わらず 関学大が調査 朝日2017年4月17日16時30分

選挙カーで名前を連呼しても候補者の好感度は上がらないが、得票にはつながる――。関西学院大のグループが、市長選の候補者に「密着」して集めた活動のデータと有権者へのアンケートを分析したところ、こんな結果がわかった。専門誌「社会心理学研究」電子版で発表した。

 三浦麻子教授(社会心理学)らは、2015年ログイン前の続き兵庫県赤穂市長選で、3人の候補者のうち、1人の男性候補者の選挙カーに同乗し、携帯電話のアプリで位置情報を10秒ごとに記録。有権者には、投票した候補者や自宅の住所、各候補の好き嫌いなどを尋ねる調査用紙を2千人に送り、約900人から回答を得た。

 分析すると、名前を連呼している最中の選挙カーが通った場所に自宅が近い人ほど、この男性に投票した人が多かった。選挙カーが自宅のすぐそばまで来た人が男性に投票した割合は平均の約2倍で、1キロ離れた場所の人は約6分の1だった。一方、近くても遠くても男性への好感度は変わらなかった。

 興味がなくても、繰り返し接すると次第に好きになる現象は「単純接触効果」と呼ばれ、選挙にも影響するとみられてきた。三浦さんらは、好感度と得票が必ずしもつながっていないと分析。「有権者は候補者の名前を頻繁に聞くことで『熱心だ』とは思うのかもしれない」と話している。

 (小宮山亮磨)